令和七年七月発行
「心頭滅却…。」
夏日(かじつ)悟空(ごくう)上人の院に題す
三伏(さんぷく)門を閉ざして一衲(いちのう)を披る
兼ねて松竹の房廊(ぼうろう)を蔭(おお)う無し
安禅は必ずしも山水を須いず
心中を滅得すれば火も自ずから涼し
こちらは唐代後期の詩人、杜荀鶴(と・じゅんかく 846〜904)の詩です。「三伏と呼ばれる年間でも最も暑い時節に悟空上人という僧侶がしっかり法衣を身につけ坐禅しています。しかもそこには日差しを遮り涼しさをもたらす松や竹もありません。しかし坐禅による安心(あんじん)は必ずしも心地良い山や渓水を要するものでは無いのです。心中の雑念を消し去れば火中にあっても心は涼やかなものです。」という意味。
碧巌集という禅の本には「安禅は必ずしも山水を須いず 心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」とあります。滅得が滅却となっていますが、同じ意味と考えて良さそうです。
日本では甲斐恵林寺の僧侶が織田信長公の軍勢により楼門上層階たれたに押し込められ火を放際に、快川紹喜禅師が「心頭滅却云々」と言い放ち担然として死を迎えたことが知られています。
暑さ寒さにも心を動ぜず!まさに世の中の人が抱く禅のイメージはこれですね!しかし「寒暑(かんじょ)に応じて着衣喫飯(じゃくえきっぱん)す」という大切な教えもあるのです。暑さ寒さに応じて生活しなさいという意味ですね。
思うに中国や日本は四季に恵まれ、世界的に見れば穏やかな気候と言える地域です。ここで育まれた禅という仏教は過酷な自然を知りません。砂漠地帯や氷土のような寒冷地では「心頭滅却」して寒暑に立ち向かえば、たちまち命を喪ってしまいます。上記の漢詩などはまさに温順な気候の中から生れたものと言えるでしょう。
















