老月菴再営落成開庵之日作
頌慶賀
修造功成固本根
把茅借幾寸餘縄
知吾門有牸牛在
教道潙山某甲僧
萬治三庚子暦季冬日
大嶺老拙漫書
老月菴再営落成開庵之日作 頌慶賀
修造の功成りて、本根を固む
茅を把りて、幾寸か余縄を借る
吾が門に、牸牛の在ることを知る
道え、潙山、某甲の僧
萬治三年庚子暦季冬日 大嶺老拙漫書
老月菴の再建はめでたく成就し、この道場の根本はいよいよ堅固となった。
茅庵を結ぶだけのささやかな備えしかないが、それで十分である。
なぜなら、この道場には劉鉄磨にも比すべき真の修行者がいるからだ。
どうか潙山和尚にも伝えていただきたい――こちらにもそのような僧が育っている、と。
大嶺は諱を珍庾といい雲居希膺禅師の法嗣。彦根千手寺三世。やはり雲居禅師の法嗣である実酬士恩禅師とは師弟関係にですが雲居下では法兄弟となります。『雲居和尚墨跡集』によれば雲居が書いた実酬の道号頌は実酬の遷化後にこの大嶺が依頼して作成されました。
老月菴は現在の老月院。明治に書かれた『寺院明細帳犬上郡巻1 』には千手寺の末寺で妙心寺派に属し、本尊は釈迦如来、寛文元年(1661)五月に禅了という尼僧により開創。本堂は梁間六間桁四間、境内百三十坪と記録されています。
本資料に記される萬治三年は1660年で『寺院明細帳犬上郡巻1 』に記載の開創年の1年前。起承句で庵が出来上がったことが詠われ、転結句でこの庵を建立した尼僧(禅了尼)が唐代の禅僧潙山の弟子である劉哲馬にも比すべき傑僧であると称えられています。
紙本 縦33.2㎝ 横47.5㎝
(参考資料)
滋賀県立公文書館 所蔵資料検索システム
資料名:宗教、寺院明細帳犬上郡巻2

















