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東園寺所蔵書画

雲居希膺禅師「霊源禅師曰道人保養云々」

古梁紹岷禅師 「本立而道成」

『林間録』の一節を雲居禅師が書写した資料です。ところどころ版本資料と異なる部分がありますが、文章の主旨を損なうものではありません。
 内容は「仏祖の教えは良薬のようで、妄想やものごとを分別する心は毒のようなもの。どれほど仏教を学んでも妄想を止めることが出来なければ良薬である仏法の効き目を得ることは無いのである。ただ莫妄想。妄想しなければ良いのだ。昔から祖師達は皆同じことを教えてくれているのに、後の禅者は細微な理屈や特殊な体験を求めている馬鹿馬鹿しいことだ。」という意味。
 『林間録』は北宋の禅僧、覚範慧洪(かくはんえこう1071~1128)禅師が道俗の弟子のために、古来の僧侶や在俗の立場で禅に参じる者の逸話や参禅の遺訓などについて語った三百余篇の談話を、弟子の本明が筆録して一書としたもの。大観元年(1107)に、臨川の謝逸が序を付しており、書名は林間に清談せる語録の意といわれます。

・雲居禅師自筆資料
霊源禅師曰。道人保養、如人病須服薬。
薬之霊験易見、要須忌口乃可。不然服薬
何益。生死是大病。佛祖言教是良薬。染汚
心是雜毒。不能忌之。生死之病無時而損也。
余愛此言。追念圓覚経曰。末世諸衆生。心不
生虚妄。佛説如是人。現在即菩薩。法華経
曰。若起精進心。是妄非精進。但能心不妄。精
進無有涯。南岳思大禅師悟入法華三昧。
即誦曰。是真精進。是名真法供養。
汾陽無業和尚。一生答学者之問。但曰莫
妄想。是謂称性之語。見道徑門。而禅者
易其言。反求玄妙。可笑也。
林間録
 把不住軒主 希膺(花押)印

・『林間録』版本
霊源禅師謂予曰。道人保養。如人病須服薬。薬之霊験易見。要須忌口乃可。不然服薬何益。生死是大病。佛祖言教是良薬。染汚心是雜毒。不能忌之。生死之病無時而損也。予愛其言。追念圓覚経曰。末世諸衆生。心不生虚妄。佛説如是人。現世即菩薩。法華経曰。若起精進心。是妄非精進。但能心不妄。精進無有涯。 南岳思大禅師悟入法華三昧。即誦曰。是真精進。是名真法供養。汾陽無業大達国師。一生答学者之問。但曰莫妄想。是謂称性之語。見道徑門。而禅者易其言。反求玄妙。可笑也。

・版本に基づく訓読
霊源禅師、予に謂いて曰く、
「道人の保養すること、人の病みて須らく薬を服すべきが如し。
薬の霊験は見え易し。要は須らく口を忌むるにして、乃ち可なり。
然らずんば、薬を服すとも何の益かあらん。
生死は是れ大病なり。仏祖の言教は是れ良薬なり。
染汚の心は是れ雑毒なり。之を忌むこと能わずんば、生死の病は時として損ぜざることなきなり。」
予、その言を愛して、『円覚経』を追念するに。曰く、
「末世の諸衆生、心に虚妄を生ぜずんば、仏、是の如き人を説きたまう、現世即ち菩薩なりと。」
『法華経』に曰く、
「若し精進心を起こさば、是れ妄なり、精進に非ず。
但だ能く心妄ならざれば、精進涯(はて)有ること無し。」
南岳思大禅師、法華三昧に悟入して、即ち誦して曰く、
「是れ真の精進なり。是れを真法供養と名づく。」
汾陽無業大達国師は、一生学者の問に答うるに、但だ曰く、
「妄想すること莫れ。」
是れ性に称うるの語にして、道を見る径門なり。
而るに禅者は其の言を易えて、反って玄妙を求む。笑うべきなり。
紙本、縦30.2㎝ 横35.5㎝

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