令和八年六月発行
「猪頭(ちょとう)和尚」
先日来、松島瑞巌寺国宝本堂の一室である墨絵の間の襖が修繕の為に搬出されました。この襖絵は一六〇九年に瑞巌寺本堂が完成した十一年後から三年を掛けて制作された障壁画のひとつであり、昭和六十年頃から他の襖絵が複製画と入れ替えられるなか、現在まで本堂の一角を演出する作品として、住職の接客あるいは僧侶の控え室だったという墨絵の間で保存されて来ました。今回は修繕と共に複製品も作成されますので、オリジナルの襖絵が本堂に戻ることは二度とないと思われます。
墨絵の間を飾る水墨画のテーマは「龍虎」「寒山拾得」「猪頭和尚」ですが、出家の身でありながら猪の頭を持つ猪頭和尚の不気味な姿は墨絵の間の作品の中でも一際異彩を放つものと言えます。それでは猪頭和尚、どんな方だったのでしょう?
『仏祖統記』に次のような紹介があります。
「婺州(ぶしゅう=浙江省金華市)の僧侶志豪(しごう)は俗姓を徐と言い、錦衣を着用して、好んで猪頭(ブタの頭)を食べていました。彼は人の災いごとや吉兆などについて、どんなことでも良く当てる能力を持っており、人々は彼を小舅(しょうきゅう=母の弟とか妻の弟の意で悪口)と呼び、本人は自分のことを徐姉夫(じょしふ)と名乗りました。
ある日、猪頭和尚は千三衢(せんさんく)という土地の吉祥寺という寺で、自分こそ定光仏(=燃灯仏、お釈迦様の前世でお釈迦様に生まれ変わったら仏陀になるとお墨付きを与えた仏)であると遺言し、座ったまま入滅します。それ以来、人々はこの僧の遺体を真身として手厚く祀り、祈祷をすれば神仏が必ず願いを聞き届けてくださるという評判となってお参りが途切れることが無かったといわれます。爾来、世間では彼を猪頭和尚と呼ぶようになり信仰を集めました。」
禅宗ではこの猪頭和尚のような型破りでとても個性的な人物を珍重します。また日本でも常軌を逸した人が時に途轍も無い不思議な力を持っていると信じられることがありますね!
これは凝り固まった概念を超えた自由な世界を珍重したのか?多くの人間が真面目に規則通り生きている中で破天荒に憧れるのか?さぁどっちでしょう!
















