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法螺貝 住職の法話

平成三十年五月発行

「伊達綱村公三百年遠忌 その1」

 本年は四代藩主伊達綱村公(肯山公)の三百年遠忌に当たります。肯山公は塩竈に対し特別な保護を行った藩主として知られ、その業績により塩竈は塩竈神社の門前町、さらには海産物を始めとする物資流通の拠点として大いに発展を遂げました。東園寺は肯山公の位牌を安置し、藩政期から今日に到るまで肯山公の業績の顕彰を行って来ました。次の文章は仙台大年寺会様より依頼された拙稿です。肯山公の功績をご周知頂くべく抜粋して紹介致します。

 肯山公は、寺社に対する信心の篤い歴代仙台藩主の中でも特にその傾向が強く、中でも奥州一宮塩竈神社に関しては諸説あった縁起を諸学者の意見をまとめて決定し、別宮に主祭神たる塩土老翁神・左宮に武甕槌神・右宮に経津主神を安置し、従来は現在の別宮の場所にあった貴船社と只州宮を古内に遷座するなど並々ならぬ熱意をもってこれを保護しました。現在の社殿は上記の縁起に沿って元禄八年(1695)に肯山公が造営を開始し、宝永元年(1704)、獅山(吉村)公の時代に完成したものです。

 一方、ご承知の通り、伊達家は藩祖公以来新田開墾や治水対策に尽力し、これによって得られる実りを効率良く流通させる為に運河の整備を行いました。この一環として造られた御舟入堀が寛文十年以降、実運用されると多くの荷は蒲生御舟入へと回り、港町塩竈の荷揚げが極端に減少しました。港町の衰退は塩竈神社の門前町としての顔を持つ塩竈にとっては神社の祭礼にも影響を及ぼします。塩竈村民はこれを打開すべく新たに祭りを設け、塩竈神社の威光にすがり町に活気を取り戻そうと企てます。上記の通り塩竈神社に対し篤く崇敬する肯山公は貞享二年(1685)、この特令を下しこの動きを援助するのです。(つづく)

 
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